特別審査員 重松清さんへのスペシャルインタビュー

特別審査員 重松清さんへのスペシャルインタビュー

特別審査員 重松清さんへのスペシャルインタビュー

今回くらし部門の特別審査員としてお迎えするのは、
あたたかいまなざしで人々の日常を描き、多くの読者に愛される作家、重松清さん。
選考会に先駆けて、作品にこめた思い、応募されるみなさんへのアドバイスなどをうかがいました。
※2021年度の本キャンペーンの応募受付は終了いたしました。

重松清(しげまつ きよし)

1963年岡山県生まれ。小説家。出版社勤務を経て執筆活動に入り、1991年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。1999年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。その他『流星ワゴン』『きよしこ』『疾走』『とんび』など著書多数。作品の多くが映画化、ドラマ化されている。小説、エッセイ以外にノンフィクション、ルポ、評論などのジャンルでも高い評価を得ている。

"「ただいま」から「行ってきます」の間にある喜怒哀楽を描きたい。それが僕の作品の出発点。"

"「ただいま」から「行ってきます」の間にある喜怒哀楽を描きたい。それが僕の作品の出発点。"

"「ただいま」から「行ってきます」の間にある喜怒哀楽を描きたい。それが僕の作品の出発点。"

― 重松さんの作品には、家族や子どもたちを、細やかな視線で描いたものが多いですね。何か理由があるのでしょうか。

僕にとって、家族の生活はとても大切なものなんですが、僕が小説を書き始めた1990年代には、そういう題材を描いたものは少なかった。いわゆるエンターテイメント小説や大人向けの小説としてあまり認められていなかったんです。じゃあ読みたいものを自分が書こう、と。新聞や週刊誌を騒がせるような事件にはならないけれど、「ただいま」って帰ってきてから、「行ってきます」って出かけるまでの間にも、いろんな喜怒哀楽のドラマがありますよね。そこを書きたいというのが、僕の小説の出発点になっているんです。

物語は、実体験もあれば、新聞に載っていた小さな記事から想像することもあります。その中で、子どもたちの、モヤっとした「なんかうまく言えないんだけど」っていう気持ちを表現して、「あー、こういうことだったんだ!」って思わせてあげたいんです。これは読者のためだけではなくて、30年、40年前の自分のためでもありますけれど。「いいね」ひとつの中にも、グラデーションがあるはずなんですよね。言葉で表現する僕たちの存在意義がもしあるとすれば、その幅を見せてあげることなんじゃないかと。

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"せめて物語の世界を通して「いろんな転び方、起き上がり方、いろんなフォローがある」ことを知っていけるといいんじゃないかな。"

"せめて物語の世界を通して「いろんな転び方、起き上がり方、いろんなフォローがある」ことを知っていけるといいんじゃないかな。"

"せめて物語の世界を通して「いろんな転び方、起き上がり方、いろんなフォローがある」ことを知っていけるといいんじゃないかな。"

― 以前、重松さんが「かつては路地のような場所で築かれていた子どもたちの人間関係が変わってきた」というようなお話をされていたのを拝見しました。ただでさえ子どもたちが触れ合いながら遊ぶ場所、機会が減ってしまっているところに、コロナ禍になってしまいました。この時代に、何か感じることはありますか。

家の中でできるだけ家族と触れ合ってほしいけれども、子どもがひとりしかいないっていう状況も多いですよね。だからせめて物語の中で、いろんな人と出会うことを味わわせてあげたいなと思います。

今の学生たちや子どもたちを見ていると、ケンカしないようにすごく気をつかっていて、摩擦や衝突に対する免疫がどんどん弱くなっている気がします。成長のためには、ケガしない程度に転ぶのって本当は大事なことなんだけど、今は転ぶことそのものをダメだって言われちゃうことも多いですよね。小説とか映画とか漫画とか、フィクションの世界っていうのは、「いろんな転び方、起き上がり方があって、いろんなフォローがある」っていうことを教えてくれる、ある種のサプリメントみたいなものだと思うんです。そういう世界を通して、無毒なレベルでの衝突みたいなものを摂取していけるといいんじゃないかなって思います。

だから僕が書いているのは、ほとんどすべて、仲直りをする話です。僕の考える友達の定義っていうのは、ケンカしない関係じゃなくて、ケンカした後、仲直りできる関係。ぶつかって、転んで、ちょっと痛い思いをして、そこから起き上がる。そういう話を書いていこうという気持ちも、根っこにあるような気がします。

"大切にしているのは、たとえば「子どもってこんなもんでしょう」って「くくらない」こと。そして、伝わる言葉で書くということ。"

"大切にしているのは、たとえば「子どもってこんなもんでしょう」って「くくらない」こと。そして、伝わる言葉で書くということ。"

"大切にしているのは、たとえば「子どもってこんなもんでしょう」って「くくらない」こと。そして、伝わる言葉で書くということ。"

― 作品を書くときに、特に大事にしていることは何ですか?

まず大きな姿勢としては、「タカをくくらない」「ナメない」ということです。言い換えれば、「括らない」ということ。たとえば「子どもってこんなもんでしょう」とか、「おやじってこうじゃん」ってね。100人いたら100通り。とくに子どもを大人よりも単純な存在だと決めてしまってはいけないと思っています。むしろ複雑でしょう。

「波乱万丈」の「波乱」だって、無数にありますよね。ビッグウェーブだけが波じゃない。あと、「前に進む」っていうときの「前」っていうのも、他人が決めるんじゃなくて、どっちの方角でも自分の目が向いた方向が前。360度ありうるはずなんです。

もうひとつは、伝わる言葉で書くっていうことです。誰もが知っている難しくない言葉で、誰もが味わっているけれど、誰もがうまく表現できないでいる思いを書きたい。なので、読者の方から「ずっと言えなかったものがコレだったんだって気づいた」とか、「探していたものが見つかった」とか、そういう感想をいただくと「この仕事をやっていてよかったなあ」と思います。「初めて最後まで本を読み切った」って言われるのも本当にうれしいです。若い人たちや子どもたちに、僕をポータルサイトみたいな感じで使ってもらえたらと思うんです。まず本を読むことを好きになってもらう、その入り口になれたらいいなと。

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"何が「いいもん」かは、自分で決めていいと思う。どんな「いろいろ」だって、きっと「いいもん」になるから大丈夫。"

"何が「いいもん」かは、自分で決めていいと思う。どんな「いろいろ」だって、きっと「いいもん」になるから大丈夫。"

"何が「いいもん」かは、自分で決めていいと思う。どんな「いろいろ」だって、きっと「いいもん」になるから大丈夫。"

― 「くらし川柳」に応募される方へのアドバイスやメッセージを、ぜひお願いします。
※2021年度の本キャンペーンの応募受付は終了いたしました。

文章って意外と、「何でも自由に書きなさい」って言われるよりも、何か枠があったほうが、作りやすい。中でも五七五っていうのは、一番心地よい枠だと思うんですよ。だから、五七五のリズムをちょっと心掛けながら生活してみるといいんじゃないかな。1日に1回、日記みたいに、今日1日のできごとを五七五にしてみるとか。

それから、タイトルにある「いろいろあるけどいいもんだなぁ」の「いいもん」にこだわりすぎないほうがいいかもしれません。何が「いいもん」かは、自分で決めていいと思いますよ。「いろいろあるけど」も、「いろいろあるから」でもあるんですよね。それも、お父さんにしか見えないいろいろもあれば、お母さん、ちっちゃな子ども、おじいちゃんおばあちゃんだからこそのいろいろもある。いきなり「いいもんだなあ」に直結することを探そうとするとたいへんかもしれないけれど、たとえば昔の日本人は、茶柱が立っただけでも喜んだわけでしょう?ちょっとでもいい予兆みたいなものを探そうとする、そういう気持ちっていとおしいなと思うんです。

最終的には、どんな「いろいろ」だって、きっと「いいもん」になるから大丈夫。そこは安心していいと思います。だから、みなさんの「いろいろ」を、ぜひ、いっぱい見せてください!

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