暮らし百景アーカイブ149

名前のない場所。スマートフォンで指示された経路を歩く。あれ、間違えた。アスファルトの照り返しが足元を焦がす。手土産のドライアイスの時間が気になってきた。再び検索。タップする指が滑り、目的地が「名前のない場所」と表示された。 いったい何処へ連れて行ってくれるんだろう。ミスは棚に上げて可笑しくなった。地図を閉じて、電話に変える。「ごめん、迷子になっちゃった」旧友の個展に呼ばれていた。趣味のステンドグラス細工を、仲間とお披露目するそうだ。早期退職後に始めたと聞いていたが、作品を見るのは初めて。ステンドグラス、よく一緒に入った大学のカフェの窓に、はまってたなぁ。あの時。カフェでお昼を食べながら、わたしはふいに尋ねられた。「得意料理は何?」元より凝ったものは作れない。冷蔵庫を開けて、あれとこれとそれって瞬間的に決めて作るのが得意、と答えた。「名前のない料理か。食べたいな」彼は涼しく笑った。まさか、究極の告白?と、頬がかぁっとなったのを覚えている。「今度ご馳走するね」と微笑み返す技も、あの頃は持っていなかった。真意はどうだったの。迎えを待つ間、そんな思いが頭をもたげた。若さも時間も逆戻りしない。だがもしも今彼が、本当に名前のない場所から迎えに来るなら、わたしにも、名前のない料理をそこで振舞うチャンスが巡るだろうか。ぽんと肩を叩かれる。涼しい笑顔にまずは頭を下げ、手土産を指さす。「ティラミス、奥様の好物よね」 真意は分からない。代わりに、かけがえのない友情が続いている。

名前のない場所。スマートフォンで指示された経路を歩く。あれ、間違えた。アスファルトの照り返しが足元を焦がす。手土産のドライアイスの時間が気になってきた。再び検索。タップする指が滑り、目的地が「名前のない場所」と表示された。 いったい何処へ連れて行ってくれるんだろう。ミスは棚に上げて可笑しくなった。地図を閉じて、電話に変える。「ごめん、迷子になっちゃった」旧友の個展に呼ばれていた。趣味のステンドグラス細工を、仲間とお披露目するそうだ。早期退職後に始めたと聞いていたが、作品を見るのは初めて。ステンドグラス、よく一緒に入った大学のカフェの窓に、はまってたなぁ。あの時。カフェでお昼を食べながら、わたしはふいに尋ねられた。「得意料理は何?」元より凝ったものは作れない。冷蔵庫を開けて、あれとこれとそれって瞬間的に決めて作るのが得意、と答えた。「名前のない料理か。食べたいな」彼は涼しく笑った。まさか、究極の告白?と、頬がかぁっとなったのを覚えている。「今度ご馳走するね」と微笑み返す技も、あの頃は持っていなかった。真意はどうだったの。迎えを待つ間、そんな思いが頭をもたげた。若さも時間も逆戻りしない。だがもしも今彼が、本当に名前のない場所から迎えに来るなら、わたしにも、名前のない料理をそこで振舞うチャンスが巡るだろうか。ぽんと肩を叩かれる。涼しい笑顔にまずは頭を下げ、手土産を指さす。「ティラミス、奥様の好物よね」 真意は分からない。代わりに、かけがえのない友情が続いている。

名前のない場所。スマートフォンで指示された経路を歩く。あれ、間違えた。アスファルトの照り返しが足元を焦がす。手土産のドライアイスの時間が気になってきた。再び検索。タップする指が滑り、目的地が「名前のない場所」と表示された。 いったい何処へ連れて行ってくれるんだろう。ミスは棚に上げて可笑しくなった。地図を閉じて、電話に変える。「ごめん、迷子になっちゃった」旧友の個展に呼ばれていた。趣味のステンドグラス細工を、仲間とお披露目するそうだ。早期退職後に始めたと聞いていたが、作品を見るのは初めて。ステンドグラス、よく一緒に入った大学のカフェの窓に、はまってたなぁ。あの時。カフェでお昼を食べながら、わたしはふいに尋ねられた。「得意料理は何?」元より凝ったものは作れない。冷蔵庫を開けて、あれとこれとそれって瞬間的に決めて作るのが得意、と答えた。「名前のない料理か。食べたいな」彼は涼しく笑った。まさか、究極の告白?と、頬がかぁっとなったのを覚えている。「今度ご馳走するね」と微笑み返す技も、あの頃は持っていなかった。真意はどうだったの。迎えを待つ間、そんな思いが頭をもたげた。若さも時間も逆戻りしない。だがもしも今彼が、本当に名前のない場所から迎えに来るなら、わたしにも、名前のない料理をそこで振舞うチャンスが巡るだろうか。ぽんと肩を叩かれる。涼しい笑顔にまずは頭を下げ、手土産を指さす。「ティラミス、奥様の好物よね」 真意は分からない。代わりに、かけがえのない友情が続いている。

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