暮らし百景アーカイブ1

二〇一六年のひなまつり「お母さん、橘は右だよね? 三人官女、ちょっとくっつけすぎじゃない?」今年は、おひなさまの飾りつけを娘が仕切っている。去年までは「あ、出したんだ」と一瞥をくれて終わりだった彼女の、うって変わったはりきりよう。そう、これが、わが家での最後のひなまつりになるからだ。彼女が生まれてすぐ、夫は少し無理をして家を買った。通勤には不便だけれど、子育てには好環境な、郊外のささやかな庭付き一戸建て。そのローンもまだ終わっていないというのに、娘はこの夏、この家を出ていく。そして、やはり彼女のために張り込んだ、七段飾り・十五人。質素な六畳の和室にはいささか分不相応で、組み上げると部屋がかなりせまくなる。なのに、娘は「こんなに小さかった?こんなに低かった?」と金屏風の後ろから軽々と顔をのぞかせてのたまう。それは、あなたが育ったの。幼い日、おひなさまのいる二週間ほどは、この部屋の掃除は彼女の担当だった。大人では入れない、ひな壇と壁の間や、緋毛せんの下にもぐって、いっしょうけんめい掃除してくれた。「おひなさまが見てるから」と。最後だもの、今年はまた掃除係に復帰してもらおう。娘が出かけてしまうと、入れかわりに夫がそっと入ってきた。予想よりずっと早かった、爆弾みたいな彼女の結婚宣言以来、なんだか無口になってしまった夫。まぶしそうに目を細めておひなさまをながめ、ぽつりと言う。「今年はしまわないで、このままずっと出しておこうか。……いや、もう手遅れだな」花咲く季節にはまだちょっぴり早い、二〇一六年の桃の節句でした。

二〇一六年のひなまつり「お母さん、橘は右だよね? 三人官女、ちょっとくっつけすぎじゃない?」今年は、おひなさまの飾りつけを娘が仕切っている。去年までは「あ、出したんだ」と一瞥をくれて終わりだった彼女の、うって変わったはりきりよう。そう、これが、わが家での最後のひなまつりになるからだ。彼女が生まれてすぐ、夫は少し無理をして家を買った。通勤には不便だけれど、子育てには好環境な、郊外のささやかな庭付き一戸建て。そのローンもまだ終わっていないというのに、娘はこの夏、この家を出ていく。そして、やはり彼女のために張り込んだ、七段飾り・十五人。質素な六畳の和室にはいささか分不相応で、組み上げると部屋がかなりせまくなる。なのに、娘は「こんなに小さかった?こんなに低かった?」と金屏風の後ろから軽々と顔をのぞかせてのたまう。それは、あなたが育ったの。幼い日、おひなさまのいる二週間ほどは、この部屋の掃除は彼女の担当だった。大人では入れない、ひな壇と壁の間や、緋毛せんの下にもぐって、いっしょうけんめい掃除してくれた。「おひなさまが見てるから」と。最後だもの、今年はまた掃除係に復帰してもらおう。娘が出かけてしまうと、入れかわりに夫がそっと入ってきた。予想よりずっと早かった、爆弾みたいな彼女の結婚宣言以来、なんだか無口になってしまった夫。まぶしそうに目を細めておひなさまをながめ、ぽつりと言う。「今年はしまわないで、このままずっと出しておこうか。……いや、もう手遅れだな」花咲く季節にはまだちょっぴり早い、二〇一六年の桃の節句でした。

二〇一六年のひなまつり「お母さん、橘は右だよね? 三人官女、ちょっとくっつけすぎじゃない?」今年は、おひなさまの飾りつけを娘が仕切っている。去年までは「あ、出したんだ」と一瞥をくれて終わりだった彼女の、うって変わったはりきりよう。そう、これが、わが家での最後のひなまつりになるからだ。彼女が生まれてすぐ、夫は少し無理をして家を買った。通勤には不便だけれど、子育てには好環境な、郊外のささやかな庭付き一戸建て。そのローンもまだ終わっていないというのに、娘はこの夏、この家を出ていく。そして、やはり彼女のために張り込んだ、七段飾り・十五人。質素な六畳の和室にはいささか分不相応で、組み上げると部屋がかなりせまくなる。なのに、娘は「こんなに小さかった?こんなに低かった?」と金屏風の後ろから軽々と顔をのぞかせてのたまう。それは、あなたが育ったの。幼い日、おひなさまのいる二週間ほどは、この部屋の掃除は彼女の担当だった。大人では入れない、ひな壇と壁の間や、緋毛せんの下にもぐって、いっしょうけんめい掃除してくれた。「おひなさまが見てるから」と。最後だもの、今年はまた掃除係に復帰してもらおう。娘が出かけてしまうと、入れかわりに夫がそっと入ってきた。予想よりずっと早かった、爆弾みたいな彼女の結婚宣言以来、なんだか無口になってしまった夫。まぶしそうに目を細めておひなさまをながめ、ぽつりと言う。「今年はしまわないで、このままずっと出しておこうか。……いや、もう手遅れだな」花咲く季節にはまだちょっぴり早い、二〇一六年の桃の節句でした。

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