暮らし百景アーカイブ97

初春、筆を買う。生まれついての悪筆である。父ゆずりの金釘流で、ペン字ならまだしも、筆を使うとなるとなおさらいけない。まったくもって自信がない。お祝いの席など芳名録に記帳する時が困る。稚拙な筆づかいを受付の女性に見られるのが恥ずかしく、せめて丁寧に書かねばと焦るほど指が動かない。三十過ぎの大人がこれでは情けない。礼状や年賀状だっていつまでも妻任せ、パソコン任せというわけにはいくまい。大人の男の教養として書を習おう。一念発起して教室をのぞいて回ったが、仕事の忙しさにかまけて、いつの間にやら一時の熱も冷めてしまっていた。「あなた、お義父さまから年賀状。今年は毛筆よ」妻の声に驚いて、思わずソファーから腰が浮く。お世辞にも達筆とは言えないが、父らしく誠実で心のこもった筆さばきに笑みがもれる。新年の挨拶を兼ねて実家に電話を入れてみた。昨夏に定年を迎えた父は、退職したその日に書道教室の入会を申し込んだそうだ。仕事漬けだった毎日から解放されて、今や毎朝二時間の写経が日課だとか。悪筆の手直しもさることながら、筆を握る間は無心になって、心穏やかに過ごせることが書の魅力だという。仕事も落ち着いてきたし、私も父にあやかって三十の手習いといこうか。よし、今年の初買いは筆にしよう、とコートを羽織る初春であった。

初春、筆を買う。生まれついての悪筆である。父ゆずりの金釘流で、ペン字ならまだしも、筆を使うとなるとなおさらいけない。まったくもって自信がない。お祝いの席など芳名録に記帳する時が困る。稚拙な筆づかいを受付の女性に見られるのが恥ずかしく、せめて丁寧に書かねばと焦るほど指が動かない。三十過ぎの大人がこれでは情けない。礼状や年賀状だっていつまでも妻任せ、パソコン任せというわけにはいくまい。大人の男の教養として書を習おう。一念発起して教室をのぞいて回ったが、仕事の忙しさにかまけて、いつの間にやら一時の熱も冷めてしまっていた。「あなた、お義父さまから年賀状。今年は毛筆よ」妻の声に驚いて、思わずソファーから腰が浮く。お世辞にも達筆とは言えないが、父らしく誠実で心のこもった筆さばきに笑みがもれる。新年の挨拶を兼ねて実家に電話を入れてみた。昨夏に定年を迎えた父は、退職したその日に書道教室の入会を申し込んだそうだ。仕事漬けだった毎日から解放されて、今や毎朝二時間の写経が日課だとか。悪筆の手直しもさることながら、筆を握る間は無心になって、心穏やかに過ごせることが書の魅力だという。仕事も落ち着いてきたし、私も父にあやかって三十の手習いといこうか。よし、今年の初買いは筆にしよう、とコートを羽織る初春であった。

初春、筆を買う。生まれついての悪筆である。父ゆずりの金釘流で、ペン字ならまだしも、筆を使うとなるとなおさらいけない。まったくもって自信がない。お祝いの席など芳名録に記帳する時が困る。稚拙な筆づかいを受付の女性に見られるのが恥ずかしく、せめて丁寧に書かねばと焦るほど指が動かない。三十過ぎの大人がこれでは情けない。礼状や年賀状だっていつまでも妻任せ、パソコン任せというわけにはいくまい。大人の男の教養として書を習おう。一念発起して教室をのぞいて回ったが、仕事の忙しさにかまけて、いつの間にやら一時の熱も冷めてしまっていた。「あなた、お義父さまから年賀状。今年は毛筆よ」妻の声に驚いて、思わずソファーから腰が浮く。お世辞にも達筆とは言えないが、父らしく誠実で心のこもった筆さばきに笑みがもれる。新年の挨拶を兼ねて実家に電話を入れてみた。昨夏に定年を迎えた父は、退職したその日に書道教室の入会を申し込んだそうだ。仕事漬けだった毎日から解放されて、今や毎朝二時間の写経が日課だとか。悪筆の手直しもさることながら、筆を握る間は無心になって、心穏やかに過ごせることが書の魅力だという。仕事も落ち着いてきたし、私も父にあやかって三十の手習いといこうか。よし、今年の初買いは筆にしよう、とコートを羽織る初春であった。

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