暮らし百景アーカイブ81

過去からのエール。文庫本のページから顔を上げると、列車は穏やかな日差しのなかだった。これからは、そうそう出張の機会もあるまいなと私は思っていた。異動で、近々故郷の営業所に移ることになっている。老いた父母の側にいたい事情もあった。子ども達はすでに巣立っている。私の仕事人生も、大きな転換期をむかえている。読みかけの本に目を戻す。車中の退屈しのぎにと、書棚から見繕ってきた本だ。前に読んだはずなのに、筋書きも定かでない。ミステリーものだから、それはそれでよいのだが…。と、少し先のページから硬い紙片がパラリと膝の上に落ちてきた。拾ってみると、名刺だった。———それは、ずっと以前の私自身の名刺だった。肩書きに「企画部主任」とある。すると、二十年近く前の名刺だ。三十代、仕事が面白くて、がむしゃらに働いていた時期だ。そうだ、あの頃はミステリーにも熱中していたな。そう、当時は社宅住まいだった。都心から遠くて、通勤が大変だった。子どもは育ち盛り。しかも給料は安くて、妻とふたりで毎日奮闘していた。家庭をつくっていく喜びと責任を感じながら、夢中で駆け抜けてきた時期だった。張りきっていた自分がくすぐったく思い出される。思えばずっと、妻とゆっくり過ごす時間を持てずにいた。今度はふたりで列車の旅でもしようじゃないか。私は移りゆく車窓を眺めた。私の前には、今までとは違う新しい景色が広がっているのだ。

過去からのエール。文庫本のページから顔を上げると、列車は穏やかな日差しのなかだった。これからは、そうそう出張の機会もあるまいなと私は思っていた。異動で、近々故郷の営業所に移ることになっている。老いた父母の側にいたい事情もあった。子ども達はすでに巣立っている。私の仕事人生も、大きな転換期をむかえている。読みかけの本に目を戻す。車中の退屈しのぎにと、書棚から見繕ってきた本だ。前に読んだはずなのに、筋書きも定かでない。ミステリーものだから、それはそれでよいのだが…。と、少し先のページから硬い紙片がパラリと膝の上に落ちてきた。拾ってみると、名刺だった。———それは、ずっと以前の私自身の名刺だった。肩書きに「企画部主任」とある。すると、二十年近く前の名刺だ。三十代、仕事が面白くて、がむしゃらに働いていた時期だ。そうだ、あの頃はミステリーにも熱中していたな。そう、当時は社宅住まいだった。都心から遠くて、通勤が大変だった。子どもは育ち盛り。しかも給料は安くて、妻とふたりで毎日奮闘していた。家庭をつくっていく喜びと責任を感じながら、夢中で駆け抜けてきた時期だった。張りきっていた自分がくすぐったく思い出される。思えばずっと、妻とゆっくり過ごす時間を持てずにいた。今度はふたりで列車の旅でもしようじゃないか。私は移りゆく車窓を眺めた。私の前には、今までとは違う新しい景色が広がっているのだ。

過去からのエール。文庫本のページから顔を上げると、列車は穏やかな日差しのなかだった。これからは、そうそう出張の機会もあるまいなと私は思っていた。異動で、近々故郷の営業所に移ることになっている。老いた父母の側にいたい事情もあった。子ども達はすでに巣立っている。私の仕事人生も、大きな転換期をむかえている。読みかけの本に目を戻す。車中の退屈しのぎにと、書棚から見繕ってきた本だ。前に読んだはずなのに、筋書きも定かでない。ミステリーものだから、それはそれでよいのだが…。と、少し先のページから硬い紙片がパラリと膝の上に落ちてきた。拾ってみると、名刺だった。———それは、ずっと以前の私自身の名刺だった。肩書きに「企画部主任」とある。すると、二十年近く前の名刺だ。三十代、仕事が面白くて、がむしゃらに働いていた時期だ。そうだ、あの頃はミステリーにも熱中していたな。そう、当時は社宅住まいだった。都心から遠くて、通勤が大変だった。子どもは育ち盛り。しかも給料は安くて、妻とふたりで毎日奮闘していた。家庭をつくっていく喜びと責任を感じながら、夢中で駆け抜けてきた時期だった。張りきっていた自分がくすぐったく思い出される。思えばずっと、妻とゆっくり過ごす時間を持てずにいた。今度はふたりで列車の旅でもしようじゃないか。私は移りゆく車窓を眺めた。私の前には、今までとは違う新しい景色が広がっているのだ。

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