暮らし百景アーカイブ63

春、車内にて。その若者がおずおずと立ち上がりながら「どうぞ」と言った時、私は何を言われているのか全くわからなかった。もしかすると怪訝な顔で彼を見つめたかもしれない(そうだとしたら申し訳なかったな)。いや先日、生まれて初めて電車で席を譲られた時のこと。そもそも席は譲るものではあっても譲られるものなどと考えたことがなかった。やっとの思いで「いえ、次降りますから」などと答えたものの、どうにも釈然としない。大体座席というものは、お年寄りに譲るものだろう…。と、あらためて自分の年齢を考えて見れば、ついこの間六十の大台に乗ったところであった。なるほど自分ではそう思わなくても、若者からすれば立派に席を譲るに相応しい人物に見えたのか。いやいや待てよと。昔であればいざ知らず、今の六十歳がそんなにお年寄りのはずはないのだ。まあ、かつては肩までなびかせた髪も、今や見る影無しなのは事実。それに風邪気味だったから顔色も冴えず、よっぽど(そう、よっぽど)実際の年齢より老けて見られたのかもしれないな。そうだ、そうに違いない。私は降りる必要のなかった駅のホームで、シャキッと背筋を伸ばしながら、そう思うことにしたのであった。

春、車内にて。その若者がおずおずと立ち上がりながら「どうぞ」と言った時、私は何を言われているのか全くわからなかった。もしかすると怪訝な顔で彼を見つめたかもしれない(そうだとしたら申し訳なかったな)。いや先日、生まれて初めて電車で席を譲られた時のこと。そもそも席は譲るものではあっても譲られるものなどと考えたことがなかった。やっとの思いで「いえ、次降りますから」などと答えたものの、どうにも釈然としない。大体座席というものは、お年寄りに譲るものだろう…。と、あらためて自分の年齢を考えて見れば、ついこの間六十の大台に乗ったところであった。なるほど自分ではそう思わなくても、若者からすれば立派に席を譲るに相応しい人物に見えたのか。いやいや待てよと。昔であればいざ知らず、今の六十歳がそんなにお年寄りのはずはないのだ。まあ、かつては肩までなびかせた髪も、今や見る影無しなのは事実。それに風邪気味だったから顔色も冴えず、よっぽど(そう、よっぽど)実際の年齢より老けて見られたのかもしれないな。そうだ、そうに違いない。私は降りる必要のなかった駅のホームで、シャキッと背筋を伸ばしながら、そう思うことにしたのであった。

春、車内にて。その若者がおずおずと立ち上がりながら「どうぞ」と言った時、私は何を言われているのか全くわからなかった。もしかすると怪訝な顔で彼を見つめたかもしれない(そうだとしたら申し訳なかったな)。いや先日、生まれて初めて電車で席を譲られた時のこと。そもそも席は譲るものではあっても譲られるものなどと考えたことがなかった。やっとの思いで「いえ、次降りますから」などと答えたものの、どうにも釈然としない。大体座席というものは、お年寄りに譲るものだろう…。と、あらためて自分の年齢を考えて見れば、ついこの間六十の大台に乗ったところであった。なるほど自分ではそう思わなくても、若者からすれば立派に席を譲るに相応しい人物に見えたのか。いやいや待てよと。昔であればいざ知らず、今の六十歳がそんなにお年寄りのはずはないのだ。まあ、かつては肩までなびかせた髪も、今や見る影無しなのは事実。それに風邪気味だったから顔色も冴えず、よっぽど(そう、よっぽど)実際の年齢より老けて見られたのかもしれないな。そうだ、そうに違いない。私は降りる必要のなかった駅のホームで、シャキッと背筋を伸ばしながら、そう思うことにしたのであった。

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