暮らし百景アーカイブ47

五十年目の手料理。夜も遅く故郷のおばさんから電話が入った。母が階段を踏み外して足を痛めたという知らせだった。幸い捻挫で済んだのだが、七十を過ぎた体なので、しばらくは安静にしたほうが良いとのこと。それより困ったのは父の方だ。母の事故を誰にも知らせず。慣れない家事に疲れたあげく熱を出し、一週間経ってやっとおばさんに助けを求めたらしい。それなのにまだ、息子には心配するから黙っていろ、と言っており。頑固にも程がある。思えば父は、家では母に頼りっきりだった。スーパーへ買い物に出たこともなければ、皿一枚洗った姿を見たこともない。そんな父が、いきなり母の代わりを務めるというのだから熱を出すのも無理はない。おばさんの電話の後、すぐ父に電話をした。ひとしきり話すと父がぽつりと言った。「俺は、母さんより先に逝くと決めていたから何もできん。これからは、できんでは済まんな。」数日後届いた母の手紙。「心配かけてごめんなさい。信じられないでしょうが、今日お父さんがお夕飯をつくってくれました。五十年連れ添って初めてです。おばさんが撮ってくれた写真を同封します。」写真の二人は、食卓で照れくさそうに笑っていた。明くる日、通勤電車の中で熟年夫婦の旅行の広告が目に入った。そう、秋の金婚式にはどんな旅を贈ろうか。

五十年目の手料理。夜も遅く故郷のおばさんから電話が入った。母が階段を踏み外して足を痛めたという知らせだった。幸い捻挫で済んだのだが、七十を過ぎた体なので、しばらくは安静にしたほうが良いとのこと。それより困ったのは父の方だ。母の事故を誰にも知らせず。慣れない家事に疲れたあげく熱を出し、一週間経ってやっとおばさんに助けを求めたらしい。それなのにまだ、息子には心配するから黙っていろ、と言っており。頑固にも程がある。思えば父は、家では母に頼りっきりだった。スーパーへ買い物に出たこともなければ、皿一枚洗った姿を見たこともない。そんな父が、いきなり母の代わりを務めるというのだから熱を出すのも無理はない。おばさんの電話の後、すぐ父に電話をした。ひとしきり話すと父がぽつりと言った。「俺は、母さんより先に逝くと決めていたから何もできん。これからは、できんでは済まんな。」数日後届いた母の手紙。「心配かけてごめんなさい。信じられないでしょうが、今日お父さんがお夕飯をつくってくれました。五十年連れ添って初めてです。おばさんが撮ってくれた写真を同封します。」写真の二人は、食卓で照れくさそうに笑っていた。明くる日、通勤電車の中で熟年夫婦の旅行の広告が目に入った。そう、秋の金婚式にはどんな旅を贈ろうか。

五十年目の手料理。夜も遅く故郷のおばさんから電話が入った。母が階段を踏み外して足を痛めたという知らせだった。幸い捻挫で済んだのだが、七十を過ぎた体なので、しばらくは安静にしたほうが良いとのこと。それより困ったのは父の方だ。母の事故を誰にも知らせず。慣れない家事に疲れたあげく熱を出し、一週間経ってやっとおばさんに助けを求めたらしい。それなのにまだ、息子には心配するから黙っていろ、と言っており。頑固にも程がある。思えば父は、家では母に頼りっきりだった。スーパーへ買い物に出たこともなければ、皿一枚洗った姿を見たこともない。そんな父が、いきなり母の代わりを務めるというのだから熱を出すのも無理はない。おばさんの電話の後、すぐ父に電話をした。ひとしきり話すと父がぽつりと言った。「俺は、母さんより先に逝くと決めていたから何もできん。これからは、できんでは済まんな。」数日後届いた母の手紙。「心配かけてごめんなさい。信じられないでしょうが、今日お父さんがお夕飯をつくってくれました。五十年連れ添って初めてです。おばさんが撮ってくれた写真を同封します。」写真の二人は、食卓で照れくさそうに笑っていた。明くる日、通勤電車の中で熟年夫婦の旅行の広告が目に入った。そう、秋の金婚式にはどんな旅を贈ろうか。

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