暮らし百景アーカイブ15

マイ スイートタウン。窓から国道のバス停の灯かりが見える。もし今、あのバス停に立ったなら。私は朝には東京へ運ばれていくのだろう。夫を待つ宙ぶらりんな夜、そんな空想を遊ばせてしまうことがある。五年勤めた会社を辞めて、彼の故郷に嫁いで一年。山が迫った盆地の町の、表通りにふたりの住むマンションはある。ここの生活は肌に合った。平野で育った私には、洗濯のときベランダから眺める山並みが美しかった。冬の水の冷たさには閉口したが、春にぬるんでくるのは、炊事の手に日ごとに伝わってきて、喜びとなった。こちらの付き合いが増えて、東京の友達とは縁遠くなった。先週の久しぶりの電話では、元同僚から「話し方がのんびりしたわね」と呆れられた。彼女は「とにかく時間がないの」と連発して切った。ペースが合わない感じだった。それから、ふいに寂しくなったのは、なぜだろう。「あのさ。土曜日さ、山登ろうか」遅く帰った夫が、ぼそっと言い始めた。「高校で山岳部だったから、ここの山は詳しいんだ。ずっと一緒に歩こうと思ってて、一年たっちゃったけど」「そうねえ」カーテンを閉めながら、私は暗い窓の向こうに広がっているはずの山並みを想像する。今ならその稜線も正確に思い描ける気がした。私はこの人と、ここの暮らしが好きなんだな。「うん、行きたい。行きたいな」夫は気づいていたのかもしれない。けれど、それは聞かないことにした。

マイ スイートタウン。窓から国道のバス停の灯かりが見える。もし今、あのバス停に立ったなら。私は朝には東京へ運ばれていくのだろう。夫を待つ宙ぶらりんな夜、そんな空想を遊ばせてしまうことがある。五年勤めた会社を辞めて、彼の故郷に嫁いで一年。山が迫った盆地の町の、表通りにふたりの住むマンションはある。ここの生活は肌に合った。平野で育った私には、洗濯のときベランダから眺める山並みが美しかった。冬の水の冷たさには閉口したが、春にぬるんでくるのは、炊事の手に日ごとに伝わってきて、喜びとなった。こちらの付き合いが増えて、東京の友達とは縁遠くなった。先週の久しぶりの電話では、元同僚から「話し方がのんびりしたわね」と呆れられた。彼女は「とにかく時間がないの」と連発して切った。ペースが合わない感じだった。それから、ふいに寂しくなったのは、なぜだろう。「あのさ。土曜日さ、山登ろうか」遅く帰った夫が、ぼそっと言い始めた。「高校で山岳部だったから、ここの山は詳しいんだ。ずっと一緒に歩こうと思ってて、一年たっちゃったけど」「そうねえ」カーテンを閉めながら、私は暗い窓の向こうに広がっているはずの山並みを想像する。今ならその稜線も正確に思い描ける気がした。私はこの人と、ここの暮らしが好きなんだな。「うん、行きたい。行きたいな」夫は気づいていたのかもしれない。けれど、それは聞かないことにした。

マイ スイートタウン。窓から国道のバス停の灯かりが見える。もし今、あのバス停に立ったなら。私は朝には東京へ運ばれていくのだろう。夫を待つ宙ぶらりんな夜、そんな空想を遊ばせてしまうことがある。五年勤めた会社を辞めて、彼の故郷に嫁いで一年。山が迫った盆地の町の、表通りにふたりの住むマンションはある。ここの生活は肌に合った。平野で育った私には、洗濯のときベランダから眺める山並みが美しかった。冬の水の冷たさには閉口したが、春にぬるんでくるのは、炊事の手に日ごとに伝わってきて、喜びとなった。こちらの付き合いが増えて、東京の友達とは縁遠くなった。先週の久しぶりの電話では、元同僚から「話し方がのんびりしたわね」と呆れられた。彼女は「とにかく時間がないの」と連発して切った。ペースが合わない感じだった。それから、ふいに寂しくなったのは、なぜだろう。「あのさ。土曜日さ、山登ろうか」遅く帰った夫が、ぼそっと言い始めた。「高校で山岳部だったから、ここの山は詳しいんだ。ずっと一緒に歩こうと思ってて、一年たっちゃったけど」「そうねえ」カーテンを閉めながら、私は暗い窓の向こうに広がっているはずの山並みを想像する。今ならその稜線も正確に思い描ける気がした。私はこの人と、ここの暮らしが好きなんだな。「うん、行きたい。行きたいな」夫は気づいていたのかもしれない。けれど、それは聞かないことにした。

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