暮らし百景アーカイブ9

父の背中。しばらく会わないうちに、父の背中がずいぶんと小さくなった。正月休みに一年ぶりの里帰りをした日。土産にと渡した焼酎をちびちびとなめながら、孫と戯れる後姿を見て、そう思った。昔の父の背中は大きかった。かつては筑豊の炭坑の、昼なお暗い坑道にもぐっては、顔をすすだらけにして働いていた”ヤマ“の男だった。私が小学校の頃は、毎晩のように風呂場で背中を洗わされたものだ。手首や肘が痛くなるほどゴシゴシと、力を込めてこすらないと怒られた。筋肉が隆々と浮き上がったそれは、どこまでも果てなく続く”山“のように思えた。父の背中は怖かった。騒がしく兄弟喧嘩でも始めようものなら、部屋の戸口に立ちはだかって、拳で壁を”ゴツン“とひと殴り。悠然と歩き去っていく後姿を、私たちは息をひそめて見送ったものだ。その拳を子供らに向けて振り上げることはなかった。その口はすこぶる寡黙だった。しかし、その背中は、実に雄弁だった——。「お父さんの背中、大きいねぇ」風呂場に響く息子のひと声で、ふと我に返った。歯をくいしばりながら、私の背中を洗う息子の口ぶりは、あの頃の私によく似て、心なしか誇らしげに聞こえた。かつての父のように、我が子に背中を洗わせながら、思う。自分もいつか、背中で語り、背中で叱ることのできる父親になれるだろうかと。

父の背中。しばらく会わないうちに、父の背中がずいぶんと小さくなった。正月休みに一年ぶりの里帰りをした日。土産にと渡した焼酎をちびちびとなめながら、孫と戯れる後姿を見て、そう思った。昔の父の背中は大きかった。かつては筑豊の炭坑の、昼なお暗い坑道にもぐっては、顔をすすだらけにして働いていた”ヤマ“の男だった。私が小学校の頃は、毎晩のように風呂場で背中を洗わされたものだ。手首や肘が痛くなるほどゴシゴシと、力を込めてこすらないと怒られた。筋肉が隆々と浮き上がったそれは、どこまでも果てなく続く”山“のように思えた。父の背中は怖かった。騒がしく兄弟喧嘩でも始めようものなら、部屋の戸口に立ちはだかって、拳で壁を”ゴツン“とひと殴り。悠然と歩き去っていく後姿を、私たちは息をひそめて見送ったものだ。その拳を子供らに向けて振り上げることはなかった。その口はすこぶる寡黙だった。しかし、その背中は、実に雄弁だった——。「お父さんの背中、大きいねぇ」風呂場に響く息子のひと声で、ふと我に返った。歯をくいしばりながら、私の背中を洗う息子の口ぶりは、あの頃の私によく似て、心なしか誇らしげに聞こえた。かつての父のように、我が子に背中を洗わせながら、思う。自分もいつか、背中で語り、背中で叱ることのできる父親になれるだろうかと。

父の背中。しばらく会わないうちに、父の背中がずいぶんと小さくなった。正月休みに一年ぶりの里帰りをした日。土産にと渡した焼酎をちびちびとなめながら、孫と戯れる後姿を見て、そう思った。昔の父の背中は大きかった。かつては筑豊の炭坑の、昼なお暗い坑道にもぐっては、顔をすすだらけにして働いていた”ヤマ“の男だった。私が小学校の頃は、毎晩のように風呂場で背中を洗わされたものだ。手首や肘が痛くなるほどゴシゴシと、力を込めてこすらないと怒られた。筋肉が隆々と浮き上がったそれは、どこまでも果てなく続く”山“のように思えた。父の背中は怖かった。騒がしく兄弟喧嘩でも始めようものなら、部屋の戸口に立ちはだかって、拳で壁を”ゴツン“とひと殴り。悠然と歩き去っていく後姿を、私たちは息をひそめて見送ったものだ。その拳を子供らに向けて振り上げることはなかった。その口はすこぶる寡黙だった。しかし、その背中は、実に雄弁だった——。「お父さんの背中、大きいねぇ」風呂場に響く息子のひと声で、ふと我に返った。歯をくいしばりながら、私の背中を洗う息子の口ぶりは、あの頃の私によく似て、心なしか誇らしげに聞こえた。かつての父のように、我が子に背中を洗わせながら、思う。自分もいつか、背中で語り、背中で叱ることのできる父親になれるだろうかと。

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