みしっと台所の床がきしむ。
まどろみながら聞く、ひかえめな足音。
忍びの者だ……。
やがてカチャンとステンレスの柵をはずす響き。
つまみを三回まわす気配。
マッチを擦るかすれた音。
忍法、点火の術だな。
久しぶりの里帰り。
雪が町を包み込む静かな朝だ。
毛布をあごまでかぶり、つめたくなった鼻からスーッと空気を吸う。
かすかにただようストーブの匂い。
やさしい野生動物みたいな香りが昔から好きだった。
「もう子どもじゃないんだから、朝は一人で起きなさいよ」
忍びの者の口癖だ。
起きてますよ。起きてるけれど、寝てるふり。
もうすぐストーブの上でお味噌汁があったまる。
みんなを起こさないように、抜き足差し足忍び足で、
今日をはじめるお母さんが、
「朝ごはんできたよ」と起こしに来るのを待っている。
投稿:ねこじゃらしさん 執筆:文筆家 さくらいよしえ