「暖冬」とはいえ、冬は冬。外に出れば、鼻が痛くなるほど寒い。
フリーターだった19歳の頃、中華料理店で配達のバイトをしていた。 風除けのないバイクは、冬になると顔はもちろん、手までかじかんだ。
ある雨の日、雨粒が僕の全身から熱を奪い、最後の配達から戻ると、震えが 止まらなかった。しかしそんな僕の前でマスターが何かを作っている。 「え、まだ配達あるんすか」思わず本音がこぼれた。 「お前のだよ」と言って、マスターは笑った。
僕の前に熱々のラーメンが置かれると、湯気とともに、甘い醤油の香りが ふわりと漂った。嗅ぎ慣れた匂いのはずなのに、妙に心にしみた。
なぜか、涙がこぼれそうになった――。
マスター、お元気ですか? あれから17年、僕はずっと、醤油ラーメン派ですよ。
取引先との打ち合わせを終えた僕は、肩をすぼませ駅へと向かう。 途中、中華料理店の前を通りかかると、懐かしい香りと再会した。 醤油ラーメンの匂いだ。
ライター/脚本家 赤坂匡介