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とあるひととき ~作家の見つめる風景~

長い夕暮れ、短い夕暮れ

長い夕暮れ、短い夕暮れ

長い夕暮れ、短い夕暮れ

episode 09

ikezawa natsuki  池澤夏樹

夕暮れ、いつのことだろう?

辞書には「日が暮れる頃」とある。なるほどと言いたいがあまり説明になっていない。

「たそがれ」とか「かわたれ」という言葉がある。どちらも「あの人は誰?」という意味で(「誰(た)そ、彼?」、「彼(か)は誰(たれ)?」)、遠くの人影がはっきり見えないくらいあたりが暗くなった刻限を言う。とすると日はもう落ちてしまっているのだ。

昼間は終わった。もう野良仕事などできないから、一日働いた満足感と疲労感と共に家路につく。これ以上は働かなくていいのだよ、とお天道さまが言ってくださった。急に風が立ち、鳥たちは早々にねぐらを目指す。

そこから夜という別種の時間が始まる。太陽ではなく月と星とが統(す)べる世界であって、古代日本ならばこれからが恋の時だった。男は月明かりのもと、いそいそと恋人の家に向かう。

ここで詩歌の方に話を広げればいくらでも話題はあるのだが、少し理屈っぽいことを考えてみよう。

夕暮れとは日没を経て空の光が薄れて闇に到るまでの時間であり、天文学ではこれを薄明と呼ぶ。

それがまた3段階に分けてあって、「市民薄明」、「航海薄明」、「天文薄明」と名前が付いている。それぞれ水平線下どこまで太陽が沈んだかで定義される。

まだ薄明かりで日常のことが行えるのが「市民薄明」、なんとなくぎこちない言葉なのはCivil twilightの翻訳だからだ。

「航海薄明」は空と海の境がようやくわかるくらい。

「天文薄明」は太陽の光の影響がすっかり消えて星がよく見えるようになった時。天文学者がさあ仕事だと勇み立つ様子が目に浮かぶ。市民はもう寝なさいと言わんばかり。

昔、南洋の島によく通った。

まずグアムまで飛んで、そこで飛行機を乗り換える。西に行けばヤップとパラオ。東に向かえばトラック、ポナペ、マジュロ(今はどの島も名前が変わっているが、ここでは昔のままにしておこう)。

戦争が終わるまでは日本が支配しており、「内南洋」と呼ばれていた。島の多い太平洋でこの島々こそは日本のものという思いだろう。

第一次世界大戦まではドイツ領だった。日本は形ばかり参戦してこれらの島を「国際連盟委任統治領」として手に入れた。領土ではないが統治権がある。文明の地となるよう育てなさいと預けられたわけで、実際に学校を作るなどして日本語の普及に努めた。第二次大戦が近づくにつれて軍事基地化が進んだ。

戦争中、トラック環礁は大日本帝国海軍の泊地だった。

(環礁というのは珊瑚礁の環の中に島がいくつもあるという不思議な地形で、天然の防波堤に囲まれているわけだから艦船を泊めるのに都合がいい。)

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その島々の一つ、春島に宿を取り、相沢進さんに夕食に招待された。戦後まもなく日本のプロ野球で活躍した方で、奥さんは南洋開発の先駆者だった森小弁さんのお孫さんである。

日が沈む少し前に席について、昔話を伺いながらゆるゆると食事を進める。

マグロの刺身がある。

「これで召し上がってください。内地とちがってここにはワサビがないのでこんな風にします」と言って、醤油(しょうゆ)の小皿にライムとタバスコを垂らした。これがうまい! 赤身のマグロが本当にうまい。ぼくは今でもしばしばこの方法でマグロを食べている。

そうするうちに日が落ちた。

「南洋には夕暮れがないのです」という当主の言葉のとおり、あっという間に暗くなった。

日本では太陽は斜めに沈む。だから空はゆっくりと暗くなる。熱帯の太陽は上から下へまっすぐに落ちる。宵闇の余地はない。

逆の例。

日本よりずっと北のフィンランドでは一日中ずっと夕暮れという時期がある。

秋、プンカハルユとかサヴォンリンナなどという美しい地名のところに行って一日広い空を見ていると、太陽は決して高くには昇らない。明け方、嫌々そうにぐずぐずと地平線から斜めに出てきて、地平線からあまり高くないあたりを横に動き、やがてまた斜めに沈む。

枯れた木々のシルエットの向こうに熱のない太陽が見えるのはなかなか美しい。それが見えているのだから日没後という意味での夕暮れではないのだが、たそがれの感じがずっと続く。

暮れなずむ、というのはなかなか日が暮れないということだけれど、あの国はその状態が長く長く続く。

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撮影:KANA

池澤夏樹

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