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とあるひととき ~作家の見つめる風景~

目覚めたときが朝

episode 01

miura shion 三浦しをん

表が明るくなったら朝、というわけではない。

雨の日もあるとか、白夜がつづく地域もあるとかいった意味ではなく、生活時間帯の問題だ。当然ながら夜間に働くひともいて、そのかたたちにとっては午後八時だろうと、「これから一日がはじまるので朝」なはずだ。

かくいう私も、家で一人で仕事をしているため、しょっちゅう昼夜が逆転する。気が向くとベッドに入り、仕事が忙しくないときはそのまま十四時間ぐらい眠るので、生活時間帯がまったく安定しない。年中、時差ボケ状態だ。ちなみに私は飛行機が苦手なので、海外旅行はできない。その代わり、自宅でいつでも海外気分。いえーい。ポジティブシンキング。

そうは言ってもやはり、気力体力ともに充実し、仕事がはかどるのは、朝型生活の周期に入ったときだ。だったら一年じゅう朝型生活になるよう努めればいいのでは、と自分でも思うのだが、ついつい欲望のおもむくままに寝起きしてしまうため、時差ボケ状態から脱しきれないのだった。

名実ともに朝に起きるときは、まずはだいたい、植物のご機嫌をうかがう。私は室内とベランダで複数の鉢植えを育てており、かれらに「おはよう!」と話しかけながら水や肥料をやったり、傷んだ葉っぱを取り除いたりする。なんの反応も返ってこないとわかってはいるのだが、ほかに生き物がいないので、しかたなく植物に挨拶しているのである。家主の私に許可なく、いつのまにか棲みついているクモが視界の端をよぎるときもあるが、さすがにクモにまで挨拶したらなんとなく負けのような気がするから無視だ。

植物のお相手が一段落したら、テレビで朝のニュースや情報番組を見ながらご飯の仕度をする。焼き鮭と納豆とワカメのみそ汁、目玉焼きとウインナーとレタスサラダ、といった比較的ちゃんとした朝食メニューを作るときもあるが、朝からカツ丼とかパスタ大盛りといった日も多い。だから太……、なんでもない。二十代半ばぐらいまでは、どちらかというと胃腸が弱く、朝は消化にいいものを食べていたのだが、なぜかどんどん頑健さに磨きがかかり、いまや朝から焼肉でもどんと来いな体になった。反比例して体力は低下しているので、太りが止まら……、なんでもない。

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ガツガツと腹を満たして一息つくころ、小学校の登校時間になる。拙宅の隣には小学校があり、チビッコたちが川の流れのように道を行く姿が窓から見えるのだ。私はかれらを観察するのを楽しみとしている。

低学年の子は、なぜか縁石のうえを歩きたがる傾向にある。両腕を広げてバランスを取りながら、慎重に進んでいる。まるで、縁石から落ちること、すなわち崖下への転落である、と言わんばかりに。そういえば私も子どものころ、「危険な崖の細い道だ」と空想しながら、縁石のみならずブロック塀のうえも歩いていたな、となつかしく思い出す。

しゃがんで道端の植え込みの根もとを覗きこんでいる子も散見される。枝きれでなにかをつついたり、石ころを蹴っている子もいる。かれらの脳内からは、もはや「登校」という文字はきれいさっぱり抜け落ちているようで、「はわわ、遅刻しちゃうよ」と気が揉める。案の定、学校のチャイムが鳴りはじめてようやく、かれらは夢から覚めたようにハッとして、校門に向けて猛ダッシュするのだった。自由奔放なる魂が好ましい。

こうしてチビッコたちの様子から活力をもらい、一日の仕事をはじめる。

けれど私は、夜型生活の周期もわりと好きだ。多くのひとは日のあるうちに活動するから、お店の営業時間や交通機関の時刻表もそれに基づいて設定されている。しかし深夜、パソコンに向かっていると、遠くでトラックや新聞配達のバイクが走る音が聞こえる。少数派かもしれないが、夜に活動するひとたちの気配。それを感じるたび、世の中は決して画一的にはできていないのだと思えて、なんとなく勇気づけられる気がするのだ。

夜型生活のときは、登校するチビッコたちのざわめきを聞きながら、「おやすみなさい」とベッドで目を閉じる。明るい光がまぶたを射すが、食欲だけでなく睡眠欲もひとかどのものなので、なにも問題はない。

朝に眠る暮らしがあってもいい。ひとそれぞれ、いろんな事情や都合を抱えつつ、各人のリズムで毎日を生きている。そういう人々を乗せて、地球は淡々と回転している。

「朝が来たから全員起きろ」と命令されたら、反抗してふて寝するひとが絶対に出てくるだろう。人間は多種多様なリズムや考えかたや思いを持った自由な生き物なのだと感じられるから、朝に目覚める日も朝に眠る日も味わい深い。

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撮影:松蔭浩之

三浦しをん

1976年、東京生まれ。小説家。早稲田大学卒業後、2000年に長編小説『格闘する者に〇(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞。その他の小説に『風が強く吹いている』『あの家に暮らす四人の女』『ののはな通信』などがある。独自の文体で描くエッセイにも定評があり、『あやつられ文楽鑑賞』『ビロウな話で恐縮です日記』『お友だちからお願いします』などエッセイ集も多数。

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