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第1話 母の音色。 雑踏の中に、ひときわ鮮やかなコートを見つけた。顔が見えるより先に、母だとわかった。母のお気に入りの、すみれ色のコート。 母は、あと二週間で還暦を迎える。何か記念になるものを、といっても、服飾品くらいしか思い浮かばず、今日は本人を連れ立ち、買いにきたのだ。

第1話 母の音色。 雑踏の中に、ひときわ鮮やかなコートを見つけた。顔が見えるより先に、母だとわかった。母のお気に入りの、すみれ色のコート。 母は、あと二週間で還暦を迎える。何か記念になるものを、といっても、服飾品くらいしか思い浮かばず、今日は本人を連れ立ち、買いにきたのだ。

第1話 母の音色。 雑踏の中に、ひときわ鮮やかなコートを見つけた。顔が見えるより先に、母だとわかった。母のお気に入りの、すみれ色のコート。 母は、あと二週間で還暦を迎える。何か記念になるものを、といっても、服飾品くらいしか思い浮かばず、今日は本人を連れ立ち、買いにきたのだ。

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電話で欲しいものを聞いたとき、母は「ウクレレ」と答えた。一瞬意外に思ったが、すぐに合点がいった。 私がまだ子どもの頃、家には古びたウクレレがあった。「これね、上京したとき、会社の寮の先輩が譲ってくれたの。見よう見まねで、結構弾けるようになって」母は首が据わったばかりの弟を抱きかかえながら、教えてくれた。 何度か、弾いてくれることもあった。ゆったりと流れるその音に、子どもながらにうっとりした記憶もある。

電話で欲しいものを聞いたとき、母は「ウクレレ」と答えた。一瞬意外に思ったが、すぐに合点がいった。 私がまだ子どもの頃、家には古びたウクレレがあった。「これね、上京したとき、会社の寮の先輩が譲ってくれたの。見よう見まねで、結構弾けるようになって」母は首が据わったばかりの弟を抱きかかえながら、教えてくれた。 何度か、弾いてくれることもあった。ゆったりと流れるその音に、子どもながらにうっとりした記憶もある。

電話で欲しいものを聞いたとき、母は「ウクレレ」と答えた。一瞬意外に思ったが、すぐに合点がいった。 私がまだ子どもの頃、家には古びたウクレレがあった。「これね、上京したとき、会社の寮の先輩が譲ってくれたの。見よう見まねで、結構弾けるようになって」母は首が据わったばかりの弟を抱きかかえながら、教えてくれた。 何度か、弾いてくれることもあった。ゆったりと流れるその音に、子どもながらにうっとりした記憶もある。

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けれど、いつしか。私が中学校に、弟が小学校に行き始め、母がまた外に働きに行くようになると、その音色を聞くこともなくなった。するとウクレレの存在を、私自身も忘れていった。 でもあれから30年、還暦を迎えようとしているいま、母はまた始めようとしている。きっかけはよくわからないが、娘にとってそれは、うれしいリクエストではあった。

けれど、いつしか。私が中学校に、弟が小学校に行き始め、母がまた外に働きに行くようになると、その音色を聞くこともなくなった。するとウクレレの存在を、私自身も忘れていった。 でもあれから30年、還暦を迎えようとしているいま、母はまた始めようとしている。きっかけはよくわからないが、娘にとってそれは、うれしいリクエストではあった。

けれど、いつしか。私が中学校に、弟が小学校に行き始め、母がまた外に働きに行くようになると、その音色を聞くこともなくなった。するとウクレレの存在を、私自身も忘れていった。 でもあれから30年、還暦を迎えようとしているいま、母はまた始めようとしている。きっかけはよくわからないが、娘にとってそれは、うれしいリクエストではあった。

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店に着くと、母はとまどいながらも、「これ試してもいいですか」と店員さんに声をかけた。ひとつ一つの音を、そしてかつての時間を確かめるように最初はゆっくりと、でも徐々に力強く奏でていく。お世辞にもうまいとは言えないが、でも味のある、聞き覚えのある音色だった。「また一から勉強しなおしね」そう言う母の声は、楽しそうに弾んでいた。

店に着くと、母はとまどいながらも、「これ試してもいいですか」と店員さんに声をかけた。ひとつ一つの音を、そしてかつての時間を確かめるように最初はゆっくりと、でも徐々に力強く奏でていく。お世辞にもうまいとは言えないが、でも味のある、聞き覚えのある音色だった。「また一から勉強しなおしね」そう言う母の声は、楽しそうに弾んでいた。

店に着くと、母はとまどいながらも、「これ試してもいいですか」と店員さんに声をかけた。ひとつ一つの音を、そしてかつての時間を確かめるように最初はゆっくりと、でも徐々に力強く奏でていく。お世辞にもうまいとは言えないが、でも味のある、聞き覚えのある音色だった。「また一から勉強しなおしね」そう言う母の声は、楽しそうに弾んでいた。

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2018年1月掲載

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