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第3話 「母の歌」。 五、七、五、七、七。文字に見落としがないか、確認しながら、パソコンに短歌を一首、一首打ち込んでゆく。ここしばらくの夕食後、就寝までの私の日課だ。

第3話 「母の歌」。 五、七、五、七、七。文字に見落としがないか、確認しながら、パソコンに短歌を一首、一首打ち込んでゆく。ここしばらくの夕食後、就寝までの私の日課だ。

第3話 「母の歌」。 五、七、五、七、七。文字に見落としがないか、確認しながら、パソコンに短歌を一首、一首打ち込んでゆく。ここしばらくの夕食後、就寝までの私の日課だ。

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短歌は私の詠んだものではない。母の作品だ。ここ二十数年に詠みためたもので数百首にのぼる。その整理を私が母に代わってしているのだ。 生きてきた証に、自選の短歌集を本にまとめておきたいと相談されたのが夏のことだ。「生きてきた証」と言われてグッと返答につまった。「私の母」であること以外の母の人生について何のイメージももっていなかったことに気がつかされたからだ。

短歌は私の詠んだものではない。母の作品だ。ここ二十数年に詠みためたもので数百首にのぼる。その整理を私が母に代わってしているのだ。 生きてきた証に、自選の短歌集を本にまとめておきたいと相談されたのが夏のことだ。「生きてきた証」と言われてグッと返答につまった。「私の母」であること以外の母の人生について何のイメージももっていなかったことに気がつかされたからだ。

短歌は私の詠んだものではない。母の作品だ。ここ二十数年に詠みためたもので数百首にのぼる。その整理を私が母に代わってしているのだ。 生きてきた証に、自選の短歌集を本にまとめておきたいと相談されたのが夏のことだ。「生きてきた証」と言われてグッと返答につまった。「私の母」であること以外の母の人生について何のイメージももっていなかったことに気がつかされたからだ。

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そもそも母が短歌を始めたのが、私が実家を離れた後のことなので、これほど多くの歌を作り、これほど歌に思いをこめていたことなぞ思いもよらなかった。不肖・不明の息子である。それだからこそ、私は一首、一首、一文字、一文字、母の歌をしっかりとパソコンに打ち込む。遥か彼方の幼少時の感慨。戦争中の思い出。そして子供たちが巣立ったあとの父との暮らしの日々。旅行、名所めぐりなど…。 思えば、母の人生の中で、私と過ごした時間よりも、そうでない年月のほうがはるかに多いのである。

そもそも母が短歌を始めたのが、私が実家を離れた後のことなので、これほど多くの歌を作り、これほど歌に思いをこめていたことなぞ思いもよらなかった。不肖・不明の息子である。それだからこそ、私は一首、一首、一文字、一文字、母の歌をしっかりとパソコンに打ち込む。遥か彼方の幼少時の感慨。戦争中の思い出。そして子供たちが巣立ったあとの父との暮らしの日々。旅行、名所めぐりなど…。 思えば、母の人生の中で、私と過ごした時間よりも、そうでない年月のほうがはるかに多いのである。

そもそも母が短歌を始めたのが、私が実家を離れた後のことなので、これほど多くの歌を作り、これほど歌に思いをこめていたことなぞ思いもよらなかった。不肖・不明の息子である。それだからこそ、私は一首、一首、一文字、一文字、母の歌をしっかりとパソコンに打ち込む。遥か彼方の幼少時の感慨。戦争中の思い出。そして子供たちが巣立ったあとの父との暮らしの日々。旅行、名所めぐりなど…。 思えば、母の人生の中で、私と過ごした時間よりも、そうでない年月のほうがはるかに多いのである。

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頻繁に実家を訪れて、本づくりの打合わせをする母と私をみて父が言い出した。自分も回想録の一つや二つはと。

頻繁に実家を訪れて、本づくりの打合わせをする母と私をみて父が言い出した。自分も回想録の一つや二つはと。

頻繁に実家を訪れて、本づくりの打合わせをする母と私をみて父が言い出した。自分も回想録の一つや二つはと。

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2014年5月掲載

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